俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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福祉を歴史の流れから見る
ねむねむ。
こんばんは。
急遽決まった統計学のテストに向け、ここ3日間まじめにテキストに向き合って勉強しました。
受験時代以来の感覚。

あーーー目の前の問題をひたすら解くって、ほんと癒される

忙しくて心が折れそうで、うっかり山手線のホームから飛び降りてしまいそうになる時もありましたが、
(過労自殺する人の気持ちが、ほんのすこーしだけわかった気がする。)
このタイミングでテストを課してくれ、強制的に勉強の時間を作るはめになったのは、なんだか救いです。

私はやっぱり時々、何かいいことに向かって神様が導いてくれているような感覚になることがあります。



って題名と全く関係ない話を書いてしまった。
書こうと思っていた内容に移ると、

私、立教大学の授業で「福祉社会論」って言うのをとっていて、
そこで先日、「福祉」概念や「福祉国家」が生まれるまでの道のりを、歴史から勉強していったんですね。

ケインズがどうとか、大きい政府と小さい政府の攻防とか。






私はまぁ、イチオウ経済系のゼミにいるもんだから、

そこらへんの話はなんとなくなじみがあるし興味もあるんだけれど、


私以外の学生はみんな福祉系の学部の人で、特に経済は勉強していないのだと思う。

授業後、「今日の話、福祉に関係ないじゃん」ってしゃべっている声を聞いた。



私は、それは違うと思った。


うまくいえないけれど。。。。
やっぱりものごとを、歴史的な側面から見ていくのって大切だと思う。
福祉概念、福祉国家も、歴史の中から生まれてきたんだ。

そして、経済体制というのは社会を規定する大きなキーとなっている。

福祉国家は、市場主義国家体制(だっけか?)が行き過ぎて生まれたんだよね。

そうやって、行き過ぎたと思ったら、ゆり戻したり。。。っていうところに、私は人間の性質を垣間見る。


歴史の暗記は意味ないと思うけど、

今の私達の社会は、過去のどういういきさつ、過去の人のどういう思いで成り立っているか、よく知っておかないと、

人間の知が続かない。


せっかくみんな、もっともっと幸せになろうと思って工夫に工夫を重ねて今の社会があるのに、

その過去の事例を見なかったらもったいない。




何が言いたいのかわからない。うまくいえない。


でもとにかく、その授業後に聞いた一言に私はめっちゃ疑問を感じたし、

私はもっと大局を見据えておきたいなと思った。
(もちろん、身近な現実にも向き合わねば、上から偉そうなこと言っているただの勘違い野郎になっちゃうから、気をつけなきゃだけど。)
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