俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


社会哲学を学びたいのだ!!!!!!
学びたいのだ!!!


ええ、哲学とか、社会的な思想が歴史的にどう変遷していったのかとか。


市民社会やNPOの現場から何かを吸収しようとやってきたが、
現場から見えるものの理論付けだけでは物足りなくなってきた。

というかむなしくなってきた。


例えば、市民の力をもっとエンパワメントしたいと思ってきたが、

市民が力をつけすぎると、また権力構造が生まれ、上級市民と下級市民、のようにまたまた格差ができるのではないか。
生活レベルでの意見を主張する市民の一部が、生活を離れていってしまい、後の人が取り残される。

「権力を持つということは、それだけチャーミングなんだ。」ある教授がこんなことを言った。



人間は権力を持ったらどうなるか、どれくらいの時間をかけて・どんなプロセスで変わってしまうのか。
こういったことは、過去の人々の権力との闘争を追っていけば見えるものがあるだろう。



歴史から人間・社会の性質を読み取り、今に生かしたいと思う。

歴史から読み取って偉そうに論じているだけではダメ。実践したい。

実践して、また理論を考えてみたい。

ただしその理論も、いつかは廃れるだろう。

資本主義が崩壊したように、効用をベースとした経済学の不十分性が指摘されるようになったように。
いつかはほころびがでる。
人間社会には予測不可能な事柄が予想以上に多いということを、人間はもっと自覚しなければならない。


そのことを自覚し、学び続けるしかないのだ。



その意味で私は、使用期限付きの理論を考えてもよいと思う。

例えばある経済モデルも、あくまで「モデル」として研究者が研究している時代に当てはまるように作られているのだから、

その過去のモデルをいつまでもそのまま使用していたら、いつか時代にそぐわなくなる。

アマルティア・センの潜在能力アプローチも、今までの厚生経済学の効用を中心としたモデルに喝を入れ、現実を見据えた結果できたものであると思う。

今の現実を見据え作られたという点で、すばらしい。

しかしセンの理論にも、いつかきっと使用期限が来るはずだ。


全く、それならはじめから使用期限を明示してほしいものだ。

新しい理論ができると、ワっと飛びついていってしまうが(センの潜在能力アプローチには、国際機関も総出で飛びついている)、よく考えてほしい。

決してその理論が絶対ではないのだ。

時代にそぐわなくなることもあれば、不十分な点が見えてくることもある。


だから、どんな時にも、現実を見据え柔軟に動ける体制に整えておく必要があると考える。




あ、社会哲学を将来の専門にしようとしているわけではないので。あしからず。
スポンサーサイト





管理者にだけ表示を許可する





TRACK BACK
TB*URL





Copyright © 俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。