俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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後輩
後輩、という存在がどうも苦手で。
今までの部活でも、なんかいい関係が築けなかったような気がする。そう思い込んでるだけかもだけど。

先輩、は得意。ってか大好き。自分のだめなとこ思いっきり出して、甘えてもいい気がするから。

(後輩苦手の理由その1)
でも後輩に間違いを指摘されると、悔しいときもある。
・・・・いや、これはよく考えたら後輩とか関係ない。言い方の問題だ。

私がキツメに、絶対こうでしょって具合に何かをいったら、

人によっては相手はイラッとくるだろう。

さらにいったことが間違ってたら、

相手は私同様キツメに返してくるだろう。

間違いは認めねばならない。しかしキツくいわれたらムカッとしてしまう。
これが後輩だと、さらに気恥ずかしさも加わるんだろうね。

(後輩苦手の理由その2)
ちょっとした先輩って、たいしたことないのに後輩に何か教えるにあたって責任が出てくる。
もちろん、何かを教えるために自分の時間を犠牲にしなければならない。

それが正直わずらわしい。

自分だって先輩に教えてきてもらったんだからその恩返し、わずらわしいなんて自己中過ぎる、
正論はいくらでも出てくる。

しかしそのわずらわしさはどうしても私の中にあるのだ。

特に今は常に忙しいから、よけいにわずらわしさを感じるのだろう。

後輩に限らず、面白くない会話は一切拒否したい感じだからな。なんて嫌なヤツ。


とはいえ、なんのわずらわしさもないということは、自分が関られていないということ、必要とされていないということ。

それはそれで寂しい。

====
振り返ると、私はいままで先輩にずいぶん失礼なこと言ったりしてきたなぁと思う。
歯に衣着せず、言いたい事は言ってきたからな。
こういうことは、誰でも感じることなのかも。
なんだ、私だけ卑屈ってわけじゃないのかな。



何かを教えるのわずらわしいって書いたけど、

本気で一緒に頑張りたい、そのために私のわかることは全て教えたい、

って思うときももちろんあるよ。


表面だけじゃなく、人間的にも「一緒にやりたい」って思える人間関係って、予想以上に大切かも。
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