俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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社会に開くということ
障害をもった人を外にひらくとか、

いろんな人を巻き込むとか、

よくわかんないけどさぁ・・・



生きる意味を持てなくて、
力を持て余していて、
生きていても死んでいても同じだなんて、

思っているような人が目の前にいたら、

どうにかしたい、って思っちゃうよ。


たとえ衣食住は保障されていたとしても。

なんでだろうね。突き動かされてしまう。


で、
社会に開いてゆくことで、その人が「誰かの役に立っている」と感じられる機会の発見につながったり自分の役割を実感できるのなら、開いていったらいい。

もちろん社会に出て自分の役割を発見したいのに、色々な障害から社会に出られないという現状があって、それを打開するという意味で「社会に開いてゆこう」とスローガンをかける場合もある。


とにかく、必ずしも社会に開くことが目的ではない。
社会に開かれることで、人が自己肯定感を持って生きられることこそが、大切なのではないか。

うっかり、手段と目的を取り違えそうになるから、あえて書いてみた。
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