俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


いろいろ写真
ふと思い立って、色々写真アップです。


昨日(5日)、思い立って御茶ノ水歩き回って撮った写真。

大学院、御茶ノ水だから、はやく周りの環境に慣れようって思って、天気も良かったし気分も乗ったからふらっと散策しました。

いや、ほんとは、まずは早く大学図書館に慣れようと思って、わざわざ埼玉から大学図書館まで勉強しに行ったんだけど、気づいたら気の向くままに歩いていた(笑)


さて、これどこだっけ(笑)
まあ、神田川。どの橋からの写真だっけか。川好き。落ち着く。いざ水害になったら脅威になるんだろうけど、やっぱり川の流れの…テンポみたいなのって、落ち着く。人間ってやっぱ動物だなー自然の中で生きてるんだなーって思う。





湯島聖堂。孔子の銅像がでかすぎてびっくりした。やっぱり偉大・・・なのか。
建物や敷地内の作りが中国っぽくて、中国旅行してる気分になった。



*******************


日付は変わって、今日6日。
今日は大手町の、今までもずっと関わっているNPOでバイト。4月大学院授業なくなったって言ったら、「今忙しいから手伝って!」と、週2程度でバイトで手伝うことになった。
うーん、今までも大学から電車で15分と近かったけど、明治になってなんとたったの2駅と、更に近くなった。これは逃げようにも逃げられない?(笑)

で、そのNPOでめっちゃお世話になっている先生からいただいたお土産。
フェルメール展をご覧になってきたそうな。



うれしいな。
これいただいた瞬間、心がふっとゆるんで、仕事モードでしかも若干疲れていてペチャンコでべったりしてた心が、焼きたてのパンみたいにふっくら!した。

芸術ってすごいな。ある程度、衣食住が整ったら、心の栄養も豊かに生きるにはほんと大事だな。

しばらく美術展とか行ってないな。


*****************


で、仕事帰りにまた御茶ノ水で途中下車。
大学に学生証をもらいにゆきました。


そのまま帰るのがもったいなかったって事情もあるけどね。


今日は春っぽい空気だったから。


新しい生命が、土をぐいぐい押しのけて、出てこようとしている感じ。

だからか、なんとなく土っぽい香りがしたんだな、今日は。
ちょっとだけベトっとして、体にまとわりつくけど、嫌じゃない空気。
むしろ、何かに包まれていて背中を押されているような、ぐいぐい前へ進みたくなる空気。


新しい学生証はなんだかこそばゆい。

でもこれでやっと自由に図書館入れて、院生室にも入れます。
ウキウキウキウキ!!


早稲田は、まず大学に慣れるのに手間取って、存分に利用してエンジョイできるようになったのは入学後しばらくたってからだったように思う。

だから明治(大学院)は、意識的に大学内の施設とかいろんなサービス・システムとか、周りの環境とかに慣れて、存分にエンジョイしたいんだ。

2年間なんてあっという間だしね。

たくさんアンテナ立てて、意識的に行動していないと、時間はすぐに流れていってしまう。

意識的に、でも、肩肘張らず、目の前の道をまずはひたすらに、でもちっちゃなアンテナもいっぱい立てて吸収しつつ、動いてゆきたいな。


***************

意識的に街を歩いてみると、本当に楽しい。

ここに生活している人がいて、ここに留まって商売し続けている人がいて、自然があって、人々の憩いの場があって。


…こう書くと、昔ながらの喫茶店とか定食屋とか古書店とかばかりを愛でているように思われるかもしれない。
もちろん、それらは大好きだ。


けど、チェーン展開しているカフェも、悪くない、システム化されている外食産業も悪くない、と思う。
どんなお店の形態であれ、人々の心があれば。
人々が心をかよわすことのできる場なのであれば。

昔ながらの喫茶店で人生経験豊かな店主との語らいを楽しむのもいいし、
マックで友達とにぎやかにおしゃべりするのもいい。


でも、単に腹を満たすためだけに利用するファーストフードだったら、なんだかつまらない。
単に自分のニーズを満たすためにお金を出して、モノをもらうっていうね。
そこにちょっとでも「ありがとう」って言葉(=心をかよわすちょっとした余裕)があれば、売り手は自分の仕事(ニアリーイコール「生きる事」)にやりがい感じられるし、買い手も単にニーズが満たされた満足感+感謝の気持ちで心豊かになれるのではないかなぁと思うんだけど。



……話がそれた。


今まで単に通り過ぎていた街並みも、ちょっと意識したら、人々の生きているカンジがかぎとれて、愛おしく感じられるのだろう。


今まで通りすぎてきた街並みが急に惜しくなった。


東京の街をもっと知りたくなって、こんな本を買ってしまった(笑)

『東京地図本』




大学3年から通い続けた大手町・東京駅周辺も、NPOの事務所に行くだけで全然街は歩いていなかったなぁ。

たまに歩いても、すぐ道がわからなくなってしまっていたし(笑)

この地図はうるさい観光マップとは違うし、かといって本格的な地図のように細かすぎなくて、見やすい。
これを見つつ、余裕のある日はちょっと歩いてみようかな。


*****************

さて、すっかり夜遅くなってしまった。

お茶の水橋から。ちょうど電車が走っていたのだけれど、見えないね。



このあたりでちょっと深呼吸すると、気分が落ち着きます。

あくまで、「ちょっと」しか深呼吸しないのは、けっこう車の多い道路がすぐ脇を走っていて排気ガスが気になるからだったり(笑)



*********************


こういった日常のブログを書いてみる一方で、

地震関連の話は尽きない。

本当に、日常というものはなんともろいものか。


あらためて突きつけられる。


学問でも政治でもなんでも、今までの常識は通用しなくなってゆくだろう。


日常を保つための努力を、本当に今まで怠っていたなと思う。


ちょっとずつ、心を元気にしつつ、真剣に、日常を続けるために人間がそして私ができうる限り最大限の対処を、真剣に考えねばならないな、と思う。


そして、日常をすっかり失ってしまった人のことも。




スポンサーサイト





管理者にだけ表示を許可する





TRACK BACK
TB*URL





Copyright © 俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。