俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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民謡のちから
こんにちは^^

なんだか、大学院の方もようやく何を自分が勉強してゆくべきか見えてきてむっちゃ忙しくなってきたところに、NPO関係の仕事もどびゃっと増えちゃって、あららぁって感じです。久々にNPOでインターンしてた時くらいの、NPO関係の仕事量です。(思えばあの頃は仕事効率めっちゃ悪かったなぁ・・)



さてさて先日(といってもだいぶ前)、津軽三味線のある会派の演奏会に行ってきました。


基本的には身内の人が集まる「発表会」のようなもので、NHKのど自慢的なアットホームなノリでしたが(苦笑)、まぁそれもまたよし、としました。


で、その当日パンフレットに書いてあった以下のような言葉が印象に残っています。

「民謡には、その土地で生きてきた人々の喜びや悲しみ、自然と暮らす中での様々な想いをあらわしています。」(文章はあいまいです)



そうなんですよね、きっと。
その土地で生きて、辛いことがあればその土地の人々と分け合って、生きてきた時代。
気持ちを分け合うには、「唄」というツールが、非常に有効であり、人々の心の内を代弁してくれていたのでしょうね。

今のように、スピリチュアル系の人がブームになって、その人の言葉が本やテレビで出回るようなこともないし(例えが変ですが)、ブログ等を通して苦しみを打ち明けて、運が良ければ同じような苦しみを抱えている一と繋がるなんてことはなかったのですから、

苦しみや悲しみから脱する糸口をどこで見出すかと言ったら、唄にして、声に出して、気持ちを落ち着かせて、他の人と分け合うしかなかったのかもしれません。


もちろん一方で、テレビやショッピングなど派手な娯楽がない中で、生活に潤いを与えるのは、また、たくさんの喜び、驚き、日常のちょっとしたことを織り込んだ「唄」だったのかもしれませんね。


特に今回のパンフでは、やはり、今回の震災の事が大きく意識されていましたね。
震災で多くのものを失ってしまった人たちに、私たちの唄と三味線を届けたい、というような。

パンフレットの文面自体は、なんだか押しつけがましくて好きじゃなかったのですが(苦笑、今こそ民謡を通して人々の心に豊かさを!というような…いやここまで気楽なノリではなかった気はしますが…なんだかね、言葉が一人歩きしている感覚でした。)


でも、あまりに多くのものを失ってしまった時に、丁寧に気持ちを織り込んだ「唄」、のみならず心を込めた音楽は、思った以上に我々に生きる力を与えてくれるのではないかなと、思います。


余談ですが民謡の持つ力に大いに共感するがゆえに、「民謡・三味線は日本古来の伝統であるから大切にするべきである」といった言説には反感を覚えます。古いからいい、という理屈はおかしい。古くからあるものは、人々に大切にされてきた何らかの意味がある、というのならわかる。そして残してゆくことの大切さを言うのなら「伝統があるから」ではなくて、「それがいかに人々の暮らしを育んできたのか」といった部分に焦点を当ててほしい。「伝統」という名にあぐらをかいて、丁寧に中身を伝える努力をしてこなかったり、やたらと高い値段でレッスン料をふっかけてきたり(個人的な想い(笑))する人がいるのだとすれば、ちょっとやめてよ…って思います。


※ただ古典芸能系の道具やレッスン料が高い(と感じる)のには、それなりに意味もある(あった)気もしますし、独特の構造があるのかもなぁという気もしています。三味線屋に行って十分な説明もないまま高い修理費を告げられるのは、実際問題その修理スキルがとんでもなく高度なものなのかもしれないし、その修理が非常に難しいものであるかもしれないのですが、我々はそれがわからない(おぉ、情報の非対称性だ!)がゆえに、「高く」感じているのか、実際に高くふっかけられているのかもしれません。
話は変わって昔々の時代、庶民の生活の苦しさの一方で特定の階層に富が集中していたのだとしても、そこで彼・彼女らが着物やらお茶道具やらなんらやにお金をつぎ込んだからこそ、今の日本文化もあるとも言えると思いますし。
たしかどっかで、京都の花街の経済を分析した本を見たなぁ…今度はちゃんと読んでみたいなぁ。。

うーんしかし振り返ると、私のやっていた長唄は基本江戸庶民の娯楽だから、エンターテイメント要素が強かったですよね。もちろん江戸以前の様々な芸能を組み合わせて作ったものだから、いいとこどりでエンターテイメント性もあればしっとり感動モノもあるんですけどね。
でも民謡もやってみたいなぁ。より、人々が生きてきた土着の感覚に、寄り添うことができそう。
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