俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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ふと:インターンの成果
先日の、NPO長期インターンシッププログラムに関する分科会の報告書を書きながらふと思ったこと。

インターンシッププログラムの醍醐味とは極論すれば、「他者の存在に気づと」なのかもしれない。

アルバイトや、就職してスタッフとしてある組織に関わる時には、組織に同化することがある程度求められる。しかしインターンは、組織の「半内部半外部」の存在として異質であり続ける。

受け入れNPO団体にとっては、異質な存在が入りこむ事で組織の活性化につながったり、思いもよらぬ組織の穴を発見するきっかけになるかもしれない

インターン生にとっては、日常の付き合いとは全く違う人々に囲まれ、改めて広い意味での他者(つまり、自分の日常のコミュニティの範疇を超えたところで生きる人々)の存在に気づくことで、社会の中で生きることへの自覚が生まれていくのではないか。




後者のインターンに関してをもうすこし詳しく述べると、なんてことはない、例えば言葉ひとつとっても伝わらない場面があろう。

仲間内ではなんとなく通じていた言葉も、組織ではよほど注意して丁寧に語らないと正確に伝わらない。

自分の言葉のあいまいさにより誤解が生じた場合、下手をすると組織に混乱をもらたす事態になる。

今まで閉じられた集団の中にいて、周りを見つつ周りと同じような行動を取っていればよかった人は、ここで初めて、「自分」という存在が周囲に与える影響力の大きさに、うろたえてしまうこともあるかもしれない。
(私は、うろたえた。その責任の重さに気づいたがゆえに、全ての立ち振る舞いが緊張していたなと、今振り返ると思う。)



*言葉に注意する点は、団体の気づきとしてもよく挙げられる。「業界用語」「業界内の常識」に陥っていたことに、インターンが入ることによって初めて気づく場合もあるそうだ。


以上メモ。

というか私、前から思ってたけど、ぜったい社会学の方が向いてるんだよね(笑)ものの考え方が。
とはいえ社会学の古典とか基礎の勉強は、学部時代ちょっとやってみて、イライラして全然進まなかったけど…。あまりに自分の現実、自分が分析したいと思う対象から離れている事に関しても、概念規定が難しすぎて、「なんでこんなのやらなあかんねん!」となっていた気がする(笑)

まー突き詰めたい勉強の方向性が見えない段階で基礎を詰め込んだらキツイという点は、経済学でも社会学でも政治学でも同じかぁ。

私の場合、学部時代はもがいてばかりで全然勉強できなかったけど、やはりまず現場に出て、自分なりに問題意識を明確にするプロセスが必要だったんだよね。遠回りだったけど必要な道だったのだと思っている。

経済学の基礎的なところがひと段落したら、早く社会学や政治学の勉強がしたいなぁ。だから明治の「政治経済学研究科」を選んだ部分もあるのだし。(ウチの研究科は、社会学のカリキュラムも何気にはいってるのです。)

でも私が社会学でなく経済学を選んだのには、

やはり人間「衣食足りて礼節を知る」で経済的に生活基盤が整わないと何も始まらないこと、「衣食足りて」いない人々を見ているとどうも経済システム上理不尽なことが世の中にあるような気がしてならなかったこと、

またNPO関係だとけっこう社会学関係の人は既にいて、別に私がやらなくてもいいだろうと思ったし、社会学からは具体的な解決策を導くのは難しいと考えた、とかの理由でしたね。(もちろん!社会学はとっても大事だと思ってますから!たまに社会学専門の人と話しますが、とても刺激的です。)


余談でした。
さーこれからマクロ経済動学の勉強をします。ようやく、経済学で用いられている「言語」(=数式)が読めるようになってきましたよ。
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