俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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ポランニーめも
やばいやっぱりポランニーおもしろい!!
今、カール・ポランニーを追っているのです。おもしろすぎるので全然勉強途中ですがメモです。


『大転換』を、一度さらっと読んで(←でも歴史背景とか基礎知識なさすぎて時間かかってる(苦笑))、しかしさらっとなんかじゃちんぷんかんぷんなので、
今じっくり読んでいるところです。
しかし、原書で頑張ってますが、くせがある英語ですね…述語がない文章がちょこちょこ出てきてわかりにくい。。。訳と見比べながらどうにか、です。


『大転換』を読んでいても相当興奮してしまう部分があるのですが、
なにぶん描かれているスケールが大きすぎて、知らない人物や歴史上の出来事が多すぎ、ただただ圧倒される…という感じ。

でも、最近出たばかりの本、『カール・ポランニー 市場社会・民主主義・人間の自由』(若森みどり,
2011,NTT出版)を読んでいると(まだまだ、序章・終章と、2章のはじめの方までしかじっくり読んでませんが)、やっぱりおもしろい。

今のところ、ポランニーはどこまでもアクティビストだったのだろうなぁ、と想像しています。
アクティビストのにおいがする方を見つけると、嬉しくなります(笑)


例えば、ポランニーが第1次世界大戦で従軍した後に書いた「ヒビモス」での思索の一部として、気になったところ…(p.50、鍵カッコは本文引用))

・社会的法則を絶対視する新しい科学(この頃の経済学や社会学)に対し、人間の自由な意思を否定し排除すると否定的。

・特におもしろかったのは、「人間の意思や願望が社会を形成するのではなく、その逆に人間の意識や願望が社会的環境によって決定される、という認識を助長する」点を危惧している点。

・また、この新しい科学は「人間の自由の拡大には関心を示さない」…確かに!


ちなみにポランニーのいう「自由」の考えは、「なんの責任もないこと、規制のないこと」ではないので、あしからず。参加・責任あっての自由です。最近ゼミの先生がよく言っている「シチズンシップ」そのものではないか、と思います。


他に、「機能的民主主義(functional democracy)」(p.30)を提起している点では、具体的にアソシエーションを「機能的組織
として構想しているし、

「協同組合運動の父」と言われるロバート・オウエンについては、『大転換』でも相当の紙面をさいている。

自分の意思が働かない(目が行き届かない)「社会」と、目が行き届く「共同体」の区別も、おもしろい。その共同体を沢山つくって、人びとの生活を安定させることというのが、まさにNPOがやっていることじゃないかなと思います。


ポランニーなんて、名前だけはよく見る人で、偉いんだろうなぁという先入観がありましたが、
実際には、学生時代にはハンガリー民主化運動に奔走し、社会主義的思想を持つものとして国を追われ労働者向けの教育機関で教えてくいつなくなど、苦労している方なようです。
(この時代は本当に多くの人が苦労していたのかもしれませんが…)

あと第1次世界大戦後に色々と考え込んでしまうあたり、日本の3.11後の心境、原発の責任について思い悩んだ人(私も)と、繋がる部分を感じました。


たいそうな本を選んでしまって、えらいこっちゃという気もしますが(苦笑)、読まねば!です。
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