俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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コミュニケーション!
最近の個人的なテーマは、「コミュニケーション」。


「対話」って言った方が妥当かしら?


なんでいろいろ、分かりあえないんだろう、かみ合わないんだろうって、多々思う。
(ってこんなこと、前も書いた気がするけど、やっぱり思う。)

身近な例では、協同組合、NPO、社会的起業家関連のグループをいくつか回って首をつっこんでいて思う。



本当に彼・彼女ら、社会に対してアクションを起こして変えてゆくとか、「ほっとけない」ことに素直な点とか、おんなじなのに、


グループによって本当にコミュニケーションの仕方や使用する言葉(ボギャブラリー)が違う。

もちろん、「何をよしとするのか」の価値観も、大前提で違ったりする。
それは活動してきた人達の時代・社会的背景を大きく反映している。
もしくは、この「前提」の違い(何を目的とするか)も、コミュニケーションのとり方の違いに現れているのかもしれない。


会議の進め方一つとっても、新しく首をつっこみはじめた団体だと、その団体特有の流れ・価値前提・言葉遣い、等などがあって、めっちゃ戸惑う。


※こっから想像を広げると、
「会議の進め方」みたいな本、いっぱい出てるけど、それはあくまで大枠の手法として頭に置いておいて、
実践ではもっと、具体的に相手とコミュニケーションとりながら、
その人達の用いる言語や思考回路、求めていること、特徴などなどをくみ取りながら、進めていかねばならないんだろうな、とふと思った。


「コミュニケーション」とか「対話」とか、いっちゃうと大それた感じだけど、
基本は、1対1のやり取り。

相手のことをきちんと分かろうとするか、その上で相手の言語・思考回路・求めているものに応じて工夫しつつ、自分のことをきちんと伝えられるか。


もしかしたらこの能力は、素朴だけど、けっこう高度で贅沢な能力なのかもしれない。
でも多くの人がこの能力を身につけたら、もっと社会も違ってくるだろうなぁ。


*******

これも、前どっかで書いた気がするけど。

原発関係だってさ、

原発で働いていて、原発廃止=失業を意味する人と、
そうではなくて色々見聞した情報を基に反原発運動している人や、更には現実的に原発事故で既に自分の生活を奪われた人とが、

同じ土壌でいきなり議論したって前提が違いすぎるよ。

もっと対話を、対話をしたい。


例えば
・絶対反対!/事故があった時の取り返しのつかない被害をどうするんだ!!
って意見と

・原発事故リスクと原発による経済成長を天秤にかけて、後者をとります

って人は、まあ意見は対立してるけど、議論はかみ合ってる。これは、どちらをとるか、国民による選択の問題。


でも
・絶対反対!(って反対はするけど、別に原発が止まったからといって、ちょっとクーラー我慢すればよいとかだけで、そんなに日常変わらない)
って人と、

・原発ないと失業しちゃう…/夏前にまとめて操業しないとな…(とかって働き方にダイレクトに影響がでる中小企業の方々)/電力不足で病院の設備がもし正常に動かなくなったら…

って人とでは、議論が成立してない。
前提が違いすぎる。論点も違う。

たぶん、今決定すべきは長中期的目標としての原発賛成/反対の議論で、この場合後者の人びとはその土壌にすらあがれていない。丁寧に意見を聞かないと行けない。
(反対派の立場に立って言えば、後者の人達の声を丁寧にくみ取ることで、むしろもっと勢力を広げられそうな気がする。デモとかと同時並行で、丁寧な対話の場も設けてゆく必要があると思う。)


あ、もちろん
・原発事故等で失ったものが大きすぎて、声も出せません…
って人の声も、ぜったいあるんだけど。

書きながらぼんやり見えてきましたが、つまり「議論がかみ合っているか」と「意見が対立しているか」は、分けて考えなきゃならないんだな。


まぁこの問題は、議論の前提としての科学的根拠も錯綜してる感じかもしれないけど、
科学とか専門家が言える範囲ってのは本当にごく一部で、あと最終決定するのは「普通の人達」の意思だよ、的なことを誰かが言っていた気がする。


具体的に、違う立場の人のことを思いやって、発信していかないと、何一つ伝わらないし広がらないよなぁと、むなしくなるんです。

大枠の「脱原発を目指す」という方向にすら、至らない。これは政治の主導力のなさ、錯綜具合ももちろん大きな要因としてあるだろうけどね。
でもとりあえず身近でできそうなのは「対話」をもっと増やすことだよな。

**********

あと、めっちゃ自己満的になってしまいますが、

自分とは違う立場の人との「コミュニケーション力」の重要性に気付いた時、
私、だいぶこの力は身につけてきたなぁと、ちょっと自信が出た(笑)

まだ、未開拓領域たくさんあるけど・・・(笑)

だーいぶ、老若男女、バリバリ事業展開しちゃうようなアクテイビスト系(?)から、ちょっと自分に自信がないよーなまだいろいろ模索中な人から、
だいぶ今まで「我が道!」で生きてきたっぽい人から(笑)

あと大学院入ってからは色んな国の外国人とか、たぶん世間からは「遠い存在」である学者陣もかな?


秘訣は、まず自分は流されすぎないこと。私は私と、自分が「ラク」でいられるスタンス・距離感を崩さないこと。
じゃないと疲れちゃうからね。

後は、よーく相手の話を聞くこと。言葉遣い、リズム感、考え方なんかに、気をはらいつつ。


はじめはちょっと戸惑って、めんどくさいって思ったような人でも、
相手の事が、なんとなく飲みこめて、自分との違いを「面白い!」と受け止められうようになったら、お互いハッピー。

話していて、自分が楽しいときは、たぶん相手も楽しんでくれてるから。

(ま、「ムリ!」と思った人とは無理し過ぎないで距離を置くってことも、覚えたな(笑))



この対話とかコミュニケーションとかって領域、今の経済学分野の研究では手が回らず扱えないのが非常に残念!
早くこういうのも、もっともっと勉強してゆきたいな。
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まとめwoネタ速neo 2012/06/21/Thu 00:00




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