俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『ソーシャルエコノミー 和をしかける経済』(121218)
こんな本出てたらほっておけないー

『ソーシャルエコノミー 和をしかける経済』
阿久津 聡 (著), 谷内 宏行 (著), 金田 育子 (著), 鷲尾 恒平 (著), 野中 郁次郎 (監修, その他)
2012年

ざっと見ただけですが、
これは要は、最近の日本の消費行動が、今まで個人の好きなものを単に買うだけーの個人消費から、
もっと誰かを巻き込んだプロセスを含めたものを求める消費に変っている、ということらしい。
例としてAKB45から初音ミクからB-1グランプリから、いくつか出てました。以下メモ的に内容をば。


●p.12 B-1グランプリのこと
「仕掛ける側も仕掛けられた側も「和となって参加する」という構造。
…つまり出展者も参加者も、一体感があり、お祭りみたい。
従来の消費者・生産者が市場で単に交換を行うという、無機質な関係性以上のものがある、という感じ。


●p.54 「欲望のカタチのパラダイムシフト」が起きているとのこと。
欲望の形として、
①「育て愛」・・・「未完成なものを、より完成なものにするプロセスを味わいたい」(p.53) 
(例:AKBとかだっけ?応援しながら、消費する。バーチャル上のキャラクターを育てるゲームもはいるのかな。)

②「連帯愛」・・・「好きな人同士が好きな人同士で、「共に創造・育成・消費することで得られる一体感」を味わいたいと願う欲望のカタチ」
(例:忘れましたが、同好会的なので集まってイベントやって飲む、一連の消費、たしか。)


●口絵カラーの解説
「いきなりの消費より和の共創費を狙う」
…ようは、上記に述べたように、いろんな人とつながりながらのプロセスも含めた消費を最近の人はもとめてるし、
これからビジネスやるひとは狙い目だということ。


●その他、「ソーシャル」というタームの使い方について
p.69「iPhoneには、人を「ソーシャル」にかりたてる何かがあるらしい」

…ここでの「ソーシャル」は、おそらく「社交」に近い意味だな。
誰かとつながりたい、つながりの窓口に、iPhoneがなっていると。
確かにスマホ持ってると、四六時中ついったーとかフェイスブックとか、やたら仲間の近況を気にしてしまったり。

「市場が社会に入り込んだことにより、古い共同体のしがらみから人々は解放され、人は独立し、自由になった」
…というのが、近代社会の良い面とよく言われますが、
けっきょく、人はつながりを求めてちゃうんじゃん!という現象ですね。

無論、誰とつながるかということで、必ずしも地縁関係でなく様々な異質な他者に関係性が広がる可能性は、出てきたということですが、
実際どうでしょ。結局身内の中までつながってませんか?



●『第三の波』を書いたトフラーも一応紹介。
人々が単なる消費者じゃなくて、「自分のために生産をし、消費もする」という、「プロシューマーになる」と。
これはなかなか面白い考え方だと、注目はしています。


============
で、感想。
この「ソーシャル・エコノミー」の傾向は間違いなくある。
「ソーシャル・ファイナンス」も、人とのつながりからお金を集めてゆく手法であり、最近の流れ。

でも本書の書き方だと、非常に限定的な集団での消費にしか焦点が当たっていないような気がします。
私はやはり、「異質な他者との共感と、それに応じた行動」にこだわります。
私の関心で言えば、ちょっと自分の近くで困ってる人、いわゆる「社会的弱者」と呼ばれてしまう人に、いかに気づき、行動できるか。

「ソーシャル・ファイナンス」の語には、この広がりが含まれている。
広く社会の課題に対して、一人一人が向き合って行きましょうというメッセージが。

例えば上記に挙げられている「育て愛」が、がんばってるNPOを応援!とかまで広がると、寄付行動やボランティア参加にもつながるかもね。

本書はただの消費者行動の分析に陥っていて、
市民としての「責任」ある行動を伴っているか、という点は考慮していないということかしら。
まぁ何が「市民としての責任」なのか、難しいところではありますが。


しかも本書でいう「ソーシャル」な営みは、今まで見えてなかっただけで、いつの時代も何らかの形であったからね。
「市場経済のフレーム」では、見えてこなかっただけです。
まぁそれが市場経済分野にまで「ソーシャル」な営みが顕在化してきたことは、すごいかもしれないけど。


更に本書でいう「ソーシャル・エコノミー」には、具体的に社会・制度・経済を変えてゆく力はきちんと汲み取ってない、というかそういう動きまでは分析対象にしていない印象。
よく読んでないのでわかりませんが。
また、本書ではよく触れてないだけで、そういった力は何かしらあるのかもですが。

AKBは社会現象になってるじゃん!って言われるかもしれませんが、そういう事じゃなくって、
私が重視したいのは、既存の経済の在り方や制度の在り方に問い直しを投げかけているか、ということ。

AKBは既存の経済システムの中で、消費行動が変わっただけ
(例:遠くで憧れているアイドルのCDを買うだけでなく、実際に会うためにライブにもゆく)。
=============

私の研究分野は、フランス生まれの「社会的経済(Économie Sociale, Social Economy)」。
英訳ではもはや、「サードセクター」とされる場合もあり。

フランス語で「社会」を表す語には、「ソシエテ(la) société と「ソシアル(le) social」がある。

前者は、社会・教会・会社・グループ・社交界といった意味。
後者は、社会(的)だけでなく、社会福祉の、労働問題の、社会階級間の、といった意味も含む。

ゆえに私のやっている社会的経済(エコノミ・ソシアル)は、歴史も考慮してきちんと訳せば、
「社会問題の経済学」とか「社会問題を考慮した経済学」にちかいと考えています。

(↑修論序章のネタw)

紆余曲折あって、「社会的経済=協同組合・共済組合・アソシエーション・(財団)の総称」みたいな定義が流布していますが、
それは正確ではないと思っている。

いつの時代にも何かしら排除されてしまった人はいて、そういった人々、ないしはそういった人々に「共感」してしまった人々の、連帯をベースに、
既存のシステム(経済システム・社会制度・etc)に問題提起しつつより人間的な経済を目指す営みが、社会的経済だと思っています。
(詳しくは今後の私の論文に期待!ww)


今回紹介した意味での「ソーシャル」なものも、もちろん大事に考えて行ければと思いますが、
うーん一緒にされたくなーい、と思ったのでしたw

スポンサーサイト

TrackBack0 Comment0 page top





管理者にだけ表示を許可する





TRACK BACK
TB*URL





Copyright © 俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。