俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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(130223)「社会的」を勉強中。。
本日、あるシンポジウムで、久々に湯浅誠さんのお話を聞いた。
その趣旨とは少しずれるが、 「社会的排除を引き起こしているのは、「私たち」なんです」とはっきりご指摘されたことに、スカッとした。

私は、「社会的排除」の「社会的」ってなんだよ!?というところに、もともと違和感があったので。


そうそう、「社会」って、つまり「私たち」のことなんですよね。
「社会的に排除されている人」は、つまり「私たちが排除している」ということ。

例えば「もっと子育て支援をすべき!」とか、「もっと政府は○○すべき!」なんて、誰もが言うけれど、
じゃあ誰がそのコストを負担するの?となった時に、「私が負担する(税金上がるなど)のは嫌だ!」となるようなこと。



※もちろん、この「社会的」の中には、機能不全に陥っている各種政治システム等も含まれます。まぁ、そこまで「私たち」の範囲内に含めることは、ここまで一般の人々の声と政治がかけ離れている(と、私は思っている)日本の現状では、かなり違和感はありますけど。。
また、きちんと政治の暴走や、企業の社会的過失(と私は言いたい)などを指摘せずに、なんでも「いや、私たち一人一人が悪かったのだ」という問題に落とし込んでも、いけないので、ムツカシイですね。


◆しかし、この「社会的」の意味を突き詰めないまま、社会的に排除されているような人々、社会的な問題等々を、「シャカイテキハイジョモンダイ」とレッテル化することで、

「ああ、そういう新しい『問題』があるんだな。大変なんだな・・・」と、逆に、私たちの問題(=社会的な問題)ではなくなってしまうような、結局他人事のままに置いていってしまわれるような、ことばのトリックも感じてしまうなぁなんて、ひねくれ者のあたくし。


また、「社会的」の意味を突き詰めてこそ、欧州・欧米で出てきた「社会的企業」の意味が、本当の意味でつかめるとおもいます。


◆「社会的」とか「社会」っていう観念って、そもそもなに?という点ついて、私も勉強中。とりあえず現時点で導入としてわかりやすいのは、 竹沢尚一郎『社会とは何か』(中公新書)かなぁ。ただ欧州(特にこの方はフランスが専門)中心の議論なので、日本の独自の「社会」観、(っていうか日本には「社会」はあるのか??)的なことに関する歴史的な議論はないです。この辺、何かよい本ないですかね~。でも、水俣病の問題など現代において日本の「社会」を揺るがした事例については、紹介されてます。


http://www.amazon.co.jp/社会とは何か―システムからプロセスへ-中公新書-竹沢-尚一郎/dp/4121020375
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