俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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高学歴ジレンマ
今日の気づき。

私は、きちんと勉強できる環境にいて、大学まで通わせてもらっている。

そんな恵まれている環境に育ったことは、この社会に貢献することの義務を負ったものとして、行動している。(本当は貢献っていう言葉、キライなのですが、なかなかいい言葉が見つからないので便宜上使います。貢献なんて、おこがましくて、自分が貢献しているつもりでも迷惑に思っている人もいるかもだから、あまり使いたくないのです。)


でも、同様に恵まれた環境に育ったために、自分のやりたいこととのジレンマを抱えている友人に、今日会いました。




その友人は、歌舞伎大好き大学生

歌舞伎の舞台裏で活躍する、役者さんの付き人っていうお仕事に、あこがれているそうです。

実際に、現在バイトという身分ながら、毎日休みなく付き人として頑張っているそうです!!

歌舞伎は一度始まったら、千秋楽までずーーーっと休みなくやるので、当然付き人も毎日なんだって!!!劇団四季とかだって休演日あるのに、歌舞伎すげーよね。



付き人って、具体的な仕事はよくわからないけど。。。いろいろお世話したり、洗濯もするって言ってたな。

好きな世界で、あの裏方の独特の雰囲気も好きで、付き人として働いている今が本当に楽しいっていってました。



でも、世間から見てかなり「いい大学」に通っている友人。「大学出てまでそんな仕事やるの・・・?」
と周りに反応されたり、自分自身も大学通わせてもらってるくらいだから、もっと社会に貢献できる仕事をしないと、心ぐるしい・・・とのことでした。



うーーん。そうか。いい大学に通っているがゆえに、そんな悩みがあるのか。私はちっとも、知りませんでした。

私はとにかく、大学まで行かせてもらって、でも自分のことしか考えていないような人・・・例えば、「○○に就職すれば一生安定だし、まぁいっかーー」のように考えている人が、とてつもなく嫌で。そういう人を見ると、「もっと周りを見て!!」と、ほおを引っ叩きたくなっちゃう。

いってしまえば、いい教育を受けられたラッキーな人は、そのラッキーをアンラッキーだった人に還元できるようにならなくちゃいけないって、思ってました。




歌舞伎役者の付き人だって、立派なお仕事。

付き人さんがいて、いろんな人が舞台を作り上げて、それを楽しみにしている観客がいる。中には、「歌舞伎を見るのが生きがい」みたいな人もいるから、立派に社会に貢献している。

文化がなくなったら、人間終わりだって私は思っている。


でも確かに、ダイレクトに社会貢献っていう感じはしない。高学歴でなくてもできる。


自分が心から楽しいと思えることと、自分に課された社会的責任との、板ばさみ、かな。




・・・・・では、高学歴だからできることって・・・・・・?自分の社会的責任なんてあるの・・・・?


実社会では特に学歴は関係ないのか。そういいつつやっぱり関係あるのか。



上手くまとまらないけど、そうやって悩んでいる人もいるんだと気づかされたんです。

私はとりあえず、「自分が幸せでなかったら、人を幸せにすることはできない」ということを、つたえたつもりです。


==============================

ちなみにですが、その友人とご飯食べた、池袋パルコ7階の「東京純豆腐 (スンドゥブ)」っていうお店、めちゃめちゃおいしかったので、おすすめです

韓国風鍋で、辛いスープに、豆腐をベースにしていろいろな具が入ってます!!

メニューの写真より現物がちゃっちくて、「あれっ?」って思います(笑)あの量でこの騙しメニュー写真でこの値段は、私はちょっと高く感じましたがでもおいしかったから満足

こぎれいな雰囲気で、デートにも使える!?でも汁がこぼれてもいいようによだれかけみたいのつけるんで、ちゃんと打ち解けてるカップルにおすすめです


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初コメ
>歌舞伎うんぬん
へへええええ!そいつぁびっくりだな!!!
自分はむしろ全く逆なことしか考えてなかったぜ!
全く逆とは→自分は中卒で家を出て師匠に住み込むつもりだったが、一族からそのような傾奇者を出してはならぬと猛反発を受け、せめて大学出てからにしろと言われたので現在に至る。
でもな、本当にその仕事に一生を賭するなら高卒だって師匠は取ってくれない。その世界では学歴なんてこれっぽちも関係ないしね。

みっちーの言う社会貢献ももちろん一つの道だ。
エリートの路線の僕に出来ることは、その師匠たちを客として支えるか、あるいは彼らのための社会的基盤を整備すること。先述のとおり、義務教育しか持たない彼女たちは社会的には中卒という学歴しかなく、逆にまっとうな仕事への再就職はほぼ不可能だ。これは様々な状況に応じた事例があるから一概には言えないけれど。ねー。

あぁ肩こってきたから今日はこのへんで。
kmhr | URL | 2009/03/07/Sat 16:43 [EDIT]
>kmhrへ

うおおお!!コメントありがとう!!

え、なに君はそこまで芸の道まっしぐらで行く覚悟があった人だったのか!!やっぱ君はミラクルだな!!
・・・でも、自分がそこまでやりたいと思ったことを周囲からの反発でできなかったのは、残念だったね。今は今で良い、と思えるならいいけど・・・

ははぁ、芸の道に生きるものたちを支えるのに、そういった方法もあるのね。確かに、芸能は素晴らしいけれど、その世界で頑張る人に対して社会的保障は一切ない(たぶん)ものね。。

それにしても、芸に生きる者とは不思議である。普通に働いてご飯食べて生きていくことも可能なのに、わざわざ自分に厳しくして、芸を追及していって・・・その先に何があるのか、わからないけど、いつの時代もそうやって芸を追及する人がいて、発展してきたんだなぁと思うと、「人間の性質って不思議」って思っちゃうなぁ。。。。

そうか肩がこったか。合宿中はかわいい一年生にもんでもらえたが残念だねぇ。
micchiyo | URL | 2009/03/09/Mon 01:02 [EDIT]
>芸に生きるものは不思議
そうかなぁ?
僕は
コンクリ建築にいると精神的体力的ダメージを被り易かったりしたから、要するにビルでの勤務には向かないだろうし
頭を使うより唄や踊りに興じるほうが精神的にも安定しやすかったし
現代風俗と伝統文化の乖離とかに苛まれてきたから、日本人としてのアイデンティティを持った生活様式に身を投じたかったってのもあるね。
芸の道に入ったら、ひたすらその道を進むしかないのだから、厳しくやるのは当然。でも、工場でずっとパーツ付けたりレジ打ったりするよりずっと夢のある仕事に思える。定年までとか、そういう考え方じゃなく。一生勉強みたいな終わりなき探求がそこにある。芸も美も哲学も宗教も、人知を超えた遥かなる高みに向かって手を伸ばすことが素敵で、その極みに永遠・真理あるいは神を見ているのかな・・?
kmhr | URL | 2009/03/11/Wed 13:12 [EDIT]
>kmhr
返事遅くなってごめんよ。
ほおお!芸の「終わりなき追及」が、神の境地につながるとは!!
そういや昔の絵画や彫刻は、人間が神・女神を求める心によって生み出された・・・みたいに聞いたことあるぞ!!

食べる・寝るの生活を送るのも人間。
神の世界に思いをはせ、近づこうとするのも人間。

ってことかな。
micchiyo | URL | 2009/03/17/Tue 22:07 [EDIT]



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