俗なことは嫌いと俗っぽく言ってみる
思っていることを活字にすることでなにかが変わるんじゃないかと期待を込めて書いてみたり時にただの愚痴だったりするブログ。
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アタマの整理
昨日、3月10日のできごとです。
愛媛から来ている友達、同じくフォーラムで知り合った、大学院で社会福祉関係のことを学んでいる女性とご飯を食べました。

広島風お好み焼きと、なぜかグラタンもあって、おいしかったー!
そしていつになくリラックスできて、ホント楽しかったな・・・

私結構、女性相手だと身構えちゃうんです。なんでかな。なんか「弱みを出しちゃいけない」って、心にセーブがかかる気がする。男性相手の方が気楽です。

でも今回は、似たもの同士が集まったのか、とっても安心感と充実感がありました。

将来に向けてどう勉強していくか(①)、ちょろっと見えてきたし、女性同士ということもあって、恋愛感情とかのこと(②)も話せました。



①まず、勉強方面で吸収したこと。

3ヶ月とか期間を決めて、1つの分野を集中的に勉強していこう!!

その大学院の方は、地域の「パイプ役」な存在になりたいらしくて。
例えば、何か問題が起きたときに、その人に相談すれば、「じゃぁあそこに相談するといいよ」みたいにいえる人。

何かの専門家、というわけではなく、広く浅く知っていて、問題を抱える相手にあわせて適切に対処方法を助言できる人。

そういう人、アメリカとかではきちんと「ソーシャルワーカー」として地位を確立しているし、日本にも一応「社会福祉士」っていう資格(国家資格!)があるけど、いまいち存在があいまい。

だけど、問題が多様化していっている現代社会で、そういう人が一番求められているのよね。


そして私も、そういう人になりたいと思っています。広く浅く、でもそれが専門性といえるくらいに鋭く問題を見て、解決への第一歩をサポートできる人。

そしてさらには、「こういう制度が必要」と感じたら、しっかり政策提言できる人。

日本でのイメージの「ソーシャルワーカー」より強い、「スーパーソーシャルワーカー」になりたいです。




でも、広く浅く知識をつけるのは難しい。すぐにぶれて、何もかも中途半端になる。

実際今、いろんなことに興味が出始めたのはいいのだけど、いまいち自分が定まらなくなっていて。

そんなことを相談したら、上記の「期間を決めて1つのことを極める勉強法」を教わりました。

その院の女性も、先生にアドバイスされた方法らしく、例えば3ヶ月間、若者の雇用問題に取り組むと決めたら、ひたすらそれに関する本、対立する意見が書いてある論文とかを読み漁るんだって。


自分でもうすうす、そうやらなきゃだめだなぁと思っていましたので、人に言われると「やっぱそのやり方でいいんだ!」と勢いづきました。

と同時に、「3ヶ月そのテーマを追うって、かなりしんどいな」とも。でもそれくらいやらなきゃ見えないよね。

覚悟ができた感じです。



今、関心のあることを書き出してみると、

メインで気になるのはこの3つかな。
貧困・格差(その実態と、それを生み出す社会構造)
・・・たぶんこの問題が、私を日本社会の問題に目を向けさせた原点なので、やっぱまず手をつけるのはこれかなぁ?

地域福祉(NPO・ボランティアセクターの社会での役割)
・・・地域でなんとかするって考え方、めっちゃ新鮮だし現実味あるしで興味深々です。ただまだ「地域」というものがぼんやりしてるのと、今あるNPO、ボランティアセクターの活動内容を調べてみようと思いつつ、多様すぎてびっくりしてる段階。

いわゆる精神病の人の感覚や、その人たちをとりまく社会の目線
・・・精神病の人々の絵画展に行ってから、精神病が気になっています。あのパワフルな作品の数々・・・。精神病といわれている人たちは、人間の精神が一番研ぎ澄まされた、「人間の精神分野の精鋭たち」に思えます。

あと、社会を考えていく、その思考枠組みとして関心があるのが
哲学者とか、社会学者とかの理論?
・・・よくわかんないけど、今はフーコー読んでます。人に薦められたからなんですが、おもしろい。そういう思考方法があるのか、と。人の考え方で社会の構成変わる気がするし。先人に学べ。

キリスト教
・・・だいぶ、神様とかイエスとか信じているようになってきた、気がする。もっと知りたい。自分を高めるためにも。


あと、より広い視野で、根強く関心があるのが、
お金とは。
・・・お金って人間の生活に本当に必要なものなの?コミュニティービジネスとか考える上でもお金めちゃめちゃからんでくるし。本当に、社会は、人は、リスクとインセンティブで動いているの??



うん、まずはやっぱ貧困・格差だな。1つ突き抜ければ、他も見える。(by友成真一先生)

そんな具合で、アタマが整理されて、落ち着きました。


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②それから、恋愛とかについても話せたな。

自分の中で思っていたことの再認識ができて、すっきりした。
年上で、こんなにゆっくり話せる女性はいなかったし。


どんな話をしたかって一言で言えば、

世の中、「好き」「愛してる」という感情を表す言葉や、「彼氏」「夫」といった存在を表す言葉があるけど、

実際、自分がある相手にもった感情って、そういう既成の言葉に当てはまらないような、微妙な感情だよね、


っていう話。それに皆で同意してました。



私は、一年前くらいにつき合っていた人がいましたが、

その人のことを「彼氏」とは認識したくなかった。

その人は、その人なんよ。「彼氏」っていうくくりに入るものではなくて、「私が好きな、彼」っていう存在
。また、そうやって私が彼のことを好きと思う感情は、誰にもわからない。私と彼は、「私と彼」っていう関係であり感情をもっていて、「彼氏と彼女」って簡単に一般に表現できるような関係・感情には違和感があった。

なんていうか、彼のことを「彼氏」と定義したら、私が彼を思う気持ちまで、「彼女が彼氏を思う気持ち」と定義づけされるような、違和感があった、のよね。私は私なのにさ。



まぁそんな感じで、「そういう違和感あるよねー」ってことが確認されて、安心した。

そして、人が人に持つ感情は人それぞれでいいんだってことが証明されて、これまた安心。


周りに何を言われようとも、私がある相手にもった感情は、「それって恋じゃない!?」とかっていうコトバで片付けられるものではない。



好きだけど、別にキスしたい訳じゃない、とかもありだし。
つき合うとかめんどくさいけど、結婚しちゃいたいっていうのも、あり。




好きだったけど、別れて正解、っていうのもありなんだ。



私はそうで、前述の彼とは、あの時別れて正解だったなーと、今は思っている。

私と彼は、たぶん似たもの同士だったんだと思う。だから寄り添って、居心地よくすごしてた。

でも、おかげでお互いのやりたいこと・やるべきことが見えなくなってしまっていた。


依存。


あの時彼は、自分のやりたいことの困難さを知っていて、頑張らなきゃいけないことを知っていたし、私は自分の道が定まっていなくて心の奥ではあせっていたのだけれど、目の前の幸せにおぼれていた。




お互いなんとなく、このままじゃいけないなぁとは思っていた気がする。





最終的に別れを決めたのは、彼だった。





別にお互いキライじゃないことはわかっていたので、私はなんとか距離感をもうちょっと考えて、上手くやれないかなぁと考えたし、けっこう引きずった。



でも、不器用な2人がそのままつき合っていたところで、あの依存感をどうすることもできなかっただろうなと、今はわかる。



だから、あの時別れを決断してくれた彼には、今心から感謝している。



うん、本当に、ありがとうございました。




あの時別れないでずるずるやっていたら、今の私はないだろうな。

真剣に自分のやりたいことについて悩むこともなく、新たなアクションを起こすこともなかったかも知れない。

まぁ、つらかったけどね。もうちょっとお互いの嫌な部分を見てから別れればなんとか気持ちを落ちつけられたろうけど、別れてからも好きな気持ちばかりが増殖していったり。




うん、自分、成長したな!!(笑)



先のことはわからんし、今のこともぐちゃぐちゃだけど、

自分で考えて、決断して、折り合いをつけて、前に進まなきゃならないんだ!!




自分のことばかり書いてしまいました。ひとまず退散!!!!!!



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